とある経営者との出会い

 以前から通っている散髪屋さんは少し特殊な営業を行っている。私の組織の中の厚生施設にて、許可をもらい理容を行っているのだ。

 全国津々浦々数百ある施設ではそれぞれに理髪店が入っている。施設の外がメインの人、高齢で店をたたんで後継者がいない施設もあった。中には議員を兼任している人など、良くも悪くも個性的な出会いがあった。

 さて、その散髪屋さんに話を戻そう。以前から理髪しながら話していると、私の趣味の話であったり、仕事の話であったり、理解してくれている感じがする人という印象のある人で、千人余りしか出入りのない環境の中でいかに利益を上げるのかを考えているなかなかに珍しい男性だった。

 まず、施設に出入りしている人は稼ぎというよりは、安く借りられてラッキーくらいにしか感じておらず、稼ぎはそこまで重要視していない人のほうが圧倒的に多いのだ。

 そのような人の中で、ただならぬ雰囲気を私は以前から感じていたのだった。

 2カ月ぶりの散髪をしながら、新しく機材を導入するという話を聴いた。この組織の人の需要にマッチしているなと私は感じた。

 一方、どうしてそこまでするのか、と聞いてみると意外であり納得の事実を知ることとなった。

 男性には夢があった。すすきのに理容からエステ、その他リラクゼーションも含めた総合施設を建築し、結婚や出産でドロップアウトしがちな女性が子供を預けながら働き続けられる場所を作りたい、そのためには何十億もの資金が最終的には必要になる、と語った。

 そして、資金を増やすために銀行に融資の話をしに行ったが、現在の資本はともかく、収入の量が信頼につながらず融資は受けられなかった。だからその資本を投資して増収のために機材に投資した、ということだった。

 私の夢について話したときに、「公務員であるという今あるアドバンテージを生かすべきではないか」「社会的信用度から不動産等の購入は容易です」とアドバイスを受けていたので、私の中で合点がいった。

 この人の夢のためには多額のお金が必要なのだ。

 夢に向かう人は美しいと感じた。魅力的だと感じた。とても刺激的な話を聴くことができてよかったと思った。

 ただ、同じような道を私は選べるだろうかと考えた時、それは違うような気がした。私は大量のお金を転がせたとしてそれが本当に「幸せ」につながるのかと疑問に感じた。

 人にはそれぞれに適した生き方がある。他の人の生き方は参考にはなるけれど、自分に完全に当てはまるはずがないのだ。

 迷いながらでも自分の生き方をしていこうと考えた。

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