神々のオロフレ〜2024BRM札幌622積丹400

ブルべ

手稲朝練とブロンプトン改1

対オロフレ峠練習をして感じた危機感

 2024年6月9日、手稲山の朝練に参加しました。

 手稲山は札幌市西部に位置する山で、古くから登山道、及び山岳スキーのコースや山小屋が整備され、市民から親しまれていました。現在も札幌五輪に際して整備された斜面は顕在で、ゴンドラに至るまでの道路がサイクリストにとってのトレーニングコースになっているのです。

 team南風は6時に登り始めるのですが、私は10分ほど遅刻して登攀を開始しました。

 結果としては1時間ほどで登りきったと思いますが、終わったときには全身が緊張して消耗しきってしまっていました。

 どちらかと言うとハイギアードに振ったPライン標準の歯組では、手稲の5%ほどの坂であっても1速で踏み込み続けるしか無いという状況だったからです。

 積丹400では120kmの平地走行のあとにオロフレ峠を越え、その先にまだ150km以上の道のりがあります。峠を登ればゴールではないのです。

チェーンリングを50→44Tに

 実はこの結果は予想していたことでした。普段から小金湯シャトルをするときにも、荷物が多いときには藤野や簾舞の坂道で失速が甚だしかったからです。

 手稲朝練を終えた私は、既に注文していた44Tのチェーンリングと、大きなスプロケットのうち、既に自転車屋さんに届いていたチェーンリングをすぐに組み込んで積丹400に挑むことにしました。

スタート〜PC1(ファミリーマート白老虎杖浜)

 2024BRM札幌622積丹400。ランドヌール札幌主催の総走行距離404km、獲得標高は4000mを越えるブルベです。

 前回の開催は2022年で、今年のコースと違うところは石山通を南下し、支笏湖畔を経てから一度下し、登別に向かうというものでした。

 前回に比べると獲得標高が300m程少ないとはいえ、それでも登別から30km続く登攀、その先のオロフレ峠が待ち構えています。そしてその先も小旅行はまだまだ続く…というコースです。

高揚感のない寝不足の当日

 忙しい平日を過ごした私は、明日が初めての400kmブルベだという高揚感も何も感じずに前日の金曜日を過ごしていました。

 これまでのブルベでは何かしらの高揚感のようなものを感じていましたが、全くそれはなく、明日の朝は4時に起きて集合場所の屯田公園に向かうのだろうという事実しか感じていませんでした。

 ただ、あまりよく眠れなかったことは、それなりに何かを感じていたのかもしれません。

400kmともなると仲間とも散り散り

 6月22日、夏至の日の朝に感じたのは「もっと寝ていたい」という感想でした。明らかに寝不足ですがすぐに着替えてパンをねじ込み出発です。

 予想通り社宅から1時間ほどかけてスタート地点の屯田公園に到着すると、既にブロンプトンが数量集まっていました。出走するOさんのPラインChapter3、日高門別を一緒に走ったKSさんや南風自転車店の見送りのブロンプトンです。

 その他、日高門別以降はドッペルギャンガーに乗り換えたKMさん(先日のぐるっとニセコSR600も完走済)、同じくsurgeで増毛300を快走しているSさんとおなじみのメンツが迎えてくれました。

 もう受付は始まっていたので慌ただしく準備をして、なんと差し入れを幾つも頂いて応援していただきながら私達は出発しました。

 日高門別の頃から私の走力が一番低い、具体的には巡航速度の低さを持久力で補う癖があるというのは分かりきっていました。

 そのため、ロードバイクに混じりながら突撃する3人はすぐに見えなくなりました。 

 私の近くにはギリギリ隊の数台のロードバイクがいて、ついていく形になりました。

あっ…ルートナビが!

サイコンのナビが不調!

 いや、ついていかざるを得なかったのです。

 サイコンを持ってきていてはいましたが、ルートが2022年の支笏湖経由のものしか入れていませんでした。走行中にデータを入れ替えるのは無理だと判断した私は、なんとかロードバイクにくっついてはぐれないようについていきました。

遠征ブルベの古参ランドヌールと走る

 一番長い間一緒に走った形になったのはPanasonicのオーダーフレームと思われるロードに乗ったおじさまでした。

 聞くと、数年ぶりに自転車を組み立て自転車に乗っているとのこと。数ヶ月かけて自動車で旅行しながら北海道に来て、今の時期にやっているブルベがこれだったから参加したという古参ランドヌールでした。

 装備が熟成されていて、電池式のキャッツアイの実物を初めてみて私は感動すら覚えました。

 その方はGPSもキューシートも読み慣れている方だったのでPC1までほぼ一緒に走り、非常に助けてもらいました。ありがとうございました。

旅慣れた装備のかっこいいロードバイクだった

道の駅ウトナイ湖で休憩

 スタート地点から概ね70km、道の駅ウトナイ湖で休憩をとることにしました。到着したのは9時半頃でしょうか。

 売っていた肉まんを食べトイレに行って、しばらくしたら出発です。

太平洋だ!

無理のない巡航速度は25km/h

 もう一人、道の駅手前まで一緒に走っていた人もかなりゆっくりな人でしたが、千歳市街を出たところくらいから速度を徐々に上げている感じでした。

 時速25kmを境に、私のブロンプトンPラインはついて行くのが難しくなりました。少し向かい風だったというのもあります。それ以上に、これが今の私の走力の限界なのだと認識していました。

白老の有名なお店、勿論売り切れなので通過

ランドヌールの脚は強し

 古参ランドヌールの人もブランクを感じさせない余裕な走りでした。苫小牧市街を抜けると先頭を交代しましたが、やはり時速28kmくらい出ているようで追いすがることはできませんでした。

 名実ともに最後尾異常なしです。

 そのまま13時頃、PC1のセイコーマート白老虎杖浜店に到着しました。

PC1にて、ここまでは余裕があった

PC1~オロフレ峠

 食事をとり、この区間最大のまさに山場の区間が始まりました。

登別駅から20km程、まだ登っている

登別駅前から始まる30kmの登り

 PC1から数キロで登別駅前に到着しますが、そこから先は30km殆どが登り区間です。

 狙い通り、1速を中心に緩やかなところは2速も使って登って行きました。

 途中で古参ランドヌールが日陰で休んでいたので声をかけましたが、大丈夫そうだったので先を急ぎました。

「倶知安までは行けばなんとかなります」とかけた言葉が、まさに自分自信に降りかかることになるとはその時は思いもよりませんでしたが。

歩いてでも登り続ける

建物がいくつかあり、ここがカルルス温泉とのこと。そして峠の始まり

 1時間、10km以上登り続けて明らかに道が狭くなるゲートが現れました。初めてくる道でしたが、これがオロフレ峠の始まりかと分かりました。

 斜度が一気に増して、ここまでなんとか維持してきた速度が半減しました。

 自転車を押して歩きます。歩きながら水分と補給食を口に入れて、斜度がゆるんだと感じたならば再び少し自転車で登る、そのような連続でした。

上信越の山奥を走ってる気分だった

 しかし風景は絶景で、振り返ってみると自分が登ってきた道路が山肌に刻まれており、まるで本州の山岳地帯のような様相でした。

覆道の連続

 いよいよスノーシェッド(覆道)が現れましたが、そこさえかなりの傾斜です。ライトを点灯しながら歩いて登り続けました。

 1台のロードバイクが峠を終えて降りてきた様子で「頑張れ~!」と声を駆けてくれたのが嬉しかったです。

よく見るとトンネルの脇から旧道が伸びている

人界と神域を分ける場所

 何個目かの覆道を抜けると、大きな茶色い斜面が見えました。どうも峠の頂上のようです。

 よくよく見るとその斜面に向かって道路がつづら折りに刻まれており、大崩が道を飲み込んでいるようでした。

 その光景を観ながら、オロフレトンネル入り口に来たときに空気感が変わりました。それまで汗をかきながら登ってきたのに急に肌寒くなり、日は陰り、峠の頂上は霧が掛かり始めたのでした。

 ここは神々の領域、人智は彼らの気まぐれの中に生かされているに過ぎないのだ、と感じながら古いトンネルを抜けました。

オロフレ峠の駐車場。トイレ助かる

頂上駐車場にて大休止

 大きなトイレのある駐車場を見つけたのでそこで大休止することにしました。

 消耗しきっていて食欲が落ちている実感がありましたが、持ってきたパンを全部無理やり食べることにしました。

オロフレ峠道路史碑

 そこに設置してあった道路の歴史を刻んだ石碑を読むと、昭和のはじめ頃にはこの道路を開通させたが、雪害により寸断された。

 その後オロフレトンネルの開通や覆道の整備が行われるまで不通の期間が長かったとのことでした。

パンを食べたら出発しよう、と結局30分以上休んでいた

3時間で30km

 最終的に駐車場を出発できたのは16時半を回った頃だった。日が長いことが非常に助かりました。

 結局2時間かかって頂上に行き1時間の休憩が必要になってしまっていたのでした。

オロフレ峠~倶知安町

まだ諦めない

 PC2のいわ内のローソンまでは約100km、時間にして6時間強が残されています。

 余裕はまったくなかったが諦めるには早すぎると感じていました。

群馬を感じるライド

 峠を下ると壮瞥町に入ります。オロフレの登りも、長い下りも本州時代にだいぶ経験したもので、それ故に上りでは心が折れず、下りでは、あまり褒められたことではないですが、結構攻めていても恐怖感を感じることは無いのでした。

 谷間の田園地帯を走っていると、稜線の向こうに特徴的な山が現れました。

 急峻な火山と見て取れる。手前の大岩は溶岩ドームでしょう。有珠山、昭和新山です。

 斜陽に照らされる名山に神秘性を感じ、ここに住みたいと願う人の気持ちが少し分かった気がしました。

静かなる洞爺湖

 少し外輪山を登って巨大なカルデラ湖である洞爺湖を初めて見ることになりました。同じく群馬のカルデラ湖である榛名湖を思い出しながら、湖の西側を北に抜けていきます。

 この日は洞爺湖アニメマンガフェスタの1日目、ホテルは静かに賑わい、祭りの終わりを食事で締めくくる人たちや、家族でバーベキューを楽しんでいる人たちなど、華やいでそれでいて穏やかな湖畔の街の雰囲気を感じながら走っていきました。

夜空に浮かぶ羊蹄山

 洞爺湖畔を抜けると、丘陵地帯の始まりでした。オロフレ峠ほどではないにせよ、アップダウンの激しい道が続きます。

 流石に19時を回ると一気に暗くなり、夜道は距離感や方向感覚を狂わせていきました。

 ナビは未だに復活しません。闇夜の中でキューシートを頼りに進みます。携帯電話の電波が回復していたので経路が確認できたのが救いでした。

純正バッグはキューシートの固定にも役立つたが、夜は読めなかった

 真狩の知り合いのペンションを見つけて、経路があっていることを確認した際に、このあたりは羊蹄山の南側を走っているはずと周囲を見渡しました。

 恐らく札幌か小樽の方の街明かりで空が少し明るくなっている手前に、羊蹄の美しい稜線が見えました。

 良い山というのは夜も美しいのです。

平地は走れるが登りで失速する

 丘陵地帯は思ったほどの速度で走ることができませんでした。

 暗いので道がよくわからないから全速力で走れないこと。

 ちょっとの登りで失速してしまうくらい脚力が残っていないこと。

 これらが原因でした。

 それでも初めての本格的なナイトライドを気分は落ち込むこと無く走り続けていました。

倶知安にてDNF!(220km地点)

 倶知安町に入り、PC2まで残り40km、時間にして2時間を切る状況でした。ただ、まだ山の中で、市街地までは10km以上あるのでそこまで走ってから最終的に決めることにしました。

 最終的にセイコーマート倶知安高砂店にてDNFを決めました。時間は22時丁度、PC2まで約30km、今の私には頑張れない距離でした。

DNF後は快適に

終電ないので宿をとる

 倶知安から小樽・札幌方面の終電は21時台です。自走してコースをなぞっても良かったのですが、明日に予定があったために、翌日の電車で帰宅することにしました。

 幸いなことに、すぐ近くのドミトリーを抑えることができたので、食事を買い込み向かいました。

折りたたんで自転車と宿へ

 今回宿泊した宿は「トリフィートホテル&ポッドニセコ」でした。

 宿についてブロンプトンを折りたたむとそのまま自分の部屋までノンストップで行くことができました。やはり強い。

 カーテンで仕切られた広めのドミトリーで、大浴場もある非常に快適な宿でした。

敗北の味はおいしい

風呂に入りながら同志を想う

 前回の函館300は、開始10kmのDNFでしたから、一緒に走っていた実感が全くありませんでした。

 今回は200km以上走り続け、旧知の人も少なくなかっただけに「まだ走っている仲間がいるんだな」と風呂に入りながら想っていました。

 日付が変わる頃に眠りにつき、6時頃に起床して倶知安駅に向かいました。

新幹線駅の工事が進む倶知安駅

快速ニセコライナー札幌行き

 倶知安駅も早朝の時間帯は無人駅です。きっぷを買ってホームへとブロンプトンと行きます。

 昨晩見上げた羊蹄山が曇り空に薄っすらと見えました。

 穏やかな日曜日です。使われなくなった転車台の広場の芝生を犬が遊び回っていました。

 しばらくするとニセコ方面から札幌への直通列車ニセコライナーがやってきました。実は乗るのは初めてです。

 早朝と夕方に札幌とニセコを直通する1往復、平日は通勤通学の人を、休日は札幌に遊びに行く人を運んでいるようでした。

 トンネルを抜け余市から小樽に至る丘陵地帯を走っていると、脇を走っている道路は結構なアップダウンがあるように見えました。

 300km以上走ったランドヌールたちはここを越えていったのでしょうか。

 汽車の中で、8時頃にブロンプトンで一緒に走っていたOさんから連絡がありました。

 無事に400kmを完走することができたとのことで、まさに偉業です。ブロンプトンと向きあい初めて数年間、自動車を売り払い、全ての移動はブロンプトンを基準として行い、長距離の自転車旅行を幾つもこなし、ブルベに際しても要所の予行練習は欠かさず、まさに日常のそういったことの成果が積み重なった結果だと私は感じ取っていました。

 その後、8時50分定刻通りに札幌駅に到着し、無事に私も社宅に帰り着きました。

倶知安にあったレルヒ中佐像。故郷高田に縁のある人でもある

ブロンプトンも自分自身も実力を発揮しきったブルベになった

 オロフレ峠のデータを収集、手稲山朝練の結果から「峠でのタイムロスが圧迫する」という予想はしていました。まさにそのとおりとなりました。これは自分自信の実力の問題です。

 その上で、チェーンリングの交換という方法で4速まできっちり回すこと、登坂への対策というねらいは果たせていました。ブロンプトンも予想通りの働きでした。

「エクストラロー」計画

 積丹400から数日後、注文していたスプロケット17Tと21Tが揃いました。ギア比を更にローに降り、可能な限り坂道での減速を無くすことが狙いです。

 早速装着して、石山峠(BRM薄野200のコース)を走りに行きました。昨年は足をつきながら登った斜面と峠をノンストップで登ることができました。

 機材的にも肉体的にも適切な選択ができていると感じました。

スプロケット交換作業の一幕。3000kmの汚れだ

よく考えるとブルベを初めて1年経っていない

 昨年の5月の連休に香川県観音寺から徳島市まで、途中ロープウェイと汽車を挟みながら120kmほどのライドをしていました。当時の一日の最大距離を更新し、非常に疲れたのを覚えています。

 初めてのブルベは2023BRM札幌1008薄野200でした。

 そう、私はまだ、100km、200km超の長距離ライドの経験をして1年と経っていないのです。それまでは電車のお供に自転車を用いていたので、私の仲間の中ではまだまだ最弱なのでした。

初めての道、初めての景色、初めての出会い

 ブルベに出るのならば、走りきれるのが一番です。しかし今回の積丹400もそうでしたが、走りきれなくても、初めての道を走り、初めての景色を観て、初めての出会いがある。ブルベというのはこれが醍醐味なのだと理解し始めました。

このブロンプトンと走り続けたい!

遠征ブルベをこれからもブロンプトンで楽しみたい

 札幌を起点・終点としたブルベも数が限りがあります。単純にSRを狙うのならば拠点から近い場所のブルベが良いのでしょうが、新しい出会いを求めていくのならば遠征ブルベが良いのだろうと考えるようになりました。

 特に、200kmブルベでしたら、比較的楽にごり押せる場面が多いので積極的に参加していこうと感じました。

 なにせ、輪行しながらブルベを走るのならブロンプトンの右に出る車両は中々いませんから。

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